大比叡・横高山・水井山 848.3m、767m、794.1m

 


データ】     

2002年12月30日(月) 晴れ時々曇 5時間16分
5:02中松江 5:11紀ノ川発区間急行 6:18難波着 6:32地下鉄難波発 6:42京阪淀屋橋発 7:31出町柳着 7:37叡山電鉄出町柳発 7:44修学院駅着 

7:45スタート <23分> 8:08〜10きらら橋 <33分> 8:43〜49水飲対陣跡 <27分> 9:16京都一周トレールの標識「東山72」 <14分> 9:30〜38ケーブル比叡駅 <11分> 9:49比叡山スキー場 <18分> ガーデンミュージアム比叡
Uターン 10:07T字路 <13分> 10:20〜27大比叡山頂 <23分> 10:50阿弥陀堂 <8分> 10:58〜11:00ドライブウェイの陸橋 <8分> 11:08浄土院 <10分> 11:18〜23釈迦堂 <6分> 11:29ドライブウェイ下トンネル <20分> 11:49王体杉まで0.6km <7分> 11:56〜12:54王体杉にて昼食 <4分> 12:58東海自然歩道分岐 <9分> 13:07〜09横高山山頂 <20分> 13:29水井山山頂 <27分> 13:56〜59仰木峠 <9分> 14:08大原戸寺分岐 <26分> 14:34国道ゴール

14:43野村別れバス停発京都バス 15:00叡山電鉄宝ケ池 15:18出町柳発 16:08淀屋橋着 16:45難波発サザン 17:47加太線 17 :56中松江駅 


 
メンバー
    Iさん
   


思い出に残る山行の多かった2002年の締めくくりは、比叡山の縦走とした。Iさんとの山行である。比叡山に登るならこのコースと決めていた雲母坂から大比叡・横高山・水井山・仰木峠そして野村別れバス停へのコースである。コースタイムが長いので始発の加太線に乗る。真っ暗な中、東の空に三日月と開けの明星が輝く。南海本線始発の区間急行に淡輪からIさんが乗ってこられた。難波駅のアンスリーで好物の鱒寿司を仕入れる。乗り継ぎが予定通りいき、6時42分の出町柳行きの特急に乗る。さすがにゆったり座れ、昔京都好きの妻とよく乗ったことを思い出す。ようやく生駒山の方の空が白み始める。


出町柳での乗り換えもスムーズで、地上に出ると、すぐ叡山電鉄の駅で、1両編成の電車が止まっていた。結構人は乗っているがゆったり座れる状態だ。ベテランらしき登山者も乗っていて、我々と同様に修学院で降りた。今日のコースは、取り付きと山頂付近がややこしいので、HPや山と渓谷社の大阪周辺の山250等いくつかの資料を持っていった。250に従い、駅を降りてすぐの踏切を東に少し歩くと、白川通りに出た。そして左折し、北に進むと、ほどなく音羽川に出た。その左岸をずっと上に歩けばいいので、思ったより迷うことはなかった。


曼殊院→の標識のところに登山口↑の標識もあり安心する。ここからは地道となり、駅から20分強できらら橋に着いた(左の写真)。この橋を渡ると、雲母坂の登山口だ。最初からかなりの急登だが、最澄・法然・親鸞・道元・日蓮も歩いたという由緒ある道で、気が引き締まる。きららという名は、この道は花崗岩で成分の雲母が輝くからだという。そういえば、中央アルプスを歩いたとき、雲母を金と間違え、騒いだこともあったなぁー。



それにしてもガイドブック通り、深く掘れたU字型の道で、5m近くになっているところもあった。左側は修学院離宮の鉄条網が続く。ようやく終わりかけた頃、京都市街が見渡せた。それにしても修学院離宮の中は赤松が多い。鉄条網も所々広げられているのは、まつたけ取りに来たわけではあるまいがなどとIさんと話す。道は少しゆるやかになり、小広くなった水飲対陣之碑に着く。


途中、二段の滝のように見える砂防ダムもあった。ここは、十字路で京都一周トレールの標識が出てきたが、心無いものによって、案内のプレーとが壊されていた。この辺りから残雪が出だす。みかんを食べていると、左手から単独行者が登ってきて、少し先で休んでいる。Iさんと、景色がいいのだろうかと話し、進むと、案の定市街地が見渡せた。


東山72の標識で「千種忠顕之碑」への分かれを分け、進むと、すっかり雪景色となり、植林帯をすべならないように慎重に歩く。そこからは少しの上りで、ひょっこりケーブルカーが見えたと思うと、残雪豊富な駅であった(右上の写真)。市街地もよく見渡せ、携帯も通じたので、妻に午後のプロジェクトXの黒四ダムの録画を依頼する。ケーブルは動いていないのかと池田さんが確認に行くと、年中無休とのことであった。


ここからは、ケーブルの駅の前を通り、広い道を道なりに歩く。雪山そのものの風情である。10分ほどでスキー場に着いた(左上の写真)。誰もいないゲレンデは美しい。ゲレンデとの境の広い道を上っていくと、始発のロープーウェイが上を通り、T字路に出た。左は比叡山頂シャトルバスの案内なので、ロープーウェー乗り場の方に行くと、ガーデンミュージアム比叡の西口受付があったので、三角点の位置を尋ねると、聞く人が多いのか地図も用意され、詳しく教えてくださった。正解は先ほどのT字路をシャトルバス乗り場側に行けばよかったのだ。


凍った道を慎重に少し下ると、シャトルバス乗り場やガーデンミュージアムの東口の入り口がある駐車場に出た。売店「やま」やバスの待合所の前を奥の第二駐車場に向かい進むと、左手に鎖で塞がれた車道があり、これが三角点への道だ。NTTやテレビ局の中継塔がたくさんあるので立派な道だ。しかし一上りすると、左に大きく曲がる箇所から右に小道があり、雪の上に踏み跡があった。広い道を通っても行けるのだが、方向からしてもこれが三角点につながる近道であろうと進むと正解で、左前にコンクリートの建築物が見えると、その手前の左に檜と笹の丘があり、そこに大比叡の一等三角点があった(右の写真)。展望は全くないが満足であった。それにしても「おおびえ」でなく「だいひえい」と読ませた方が語感がいいと思うのだがいかがだろうか



山頂写真を撮り、ルートを確認すると、NTTの比叡中継無線所の前を行くという。テレビ局の中継塔を通り過ぎるとNTTがあり、檜林の中を下る。途中一箇所碑があり直進か左の道が迷ったが、左が正解で相当下ると、立派な朱色の阿弥陀堂の建物がいくつかあった(左の写真)。その入り口の前を左手に進むと、東海自然歩道の標識のあるT字路で、拝観料受付があるが、誰もいない。右は根本中堂、左が目指す方向だ。すぐに弁慶水があったが、祠の中で鍵までかけられていたが、新たに沸いてはいず、溜まった水であった。そこから数十メートルで左のドライブウェイを跨ぐ陸橋があり、凍っているので慎重に渡る。ここで念のため軽アイゼンをつけた。


階段を下ると(左の写真)、浄土院で伝教大師の御廟だそうだ。そこを左に進むと、釈迦堂の手前で拝観受付となり、東海自然歩道を通るといえば無料だそうだが、今日は誰もいない。眼前に重要文化財のお堂が2つあった。右の道かお堂の中か迷ったが、どちらも釈迦堂に続いていた。お堂に行く方が直線で近いであろう。釈迦堂の右手には新しいトイレがあるが、凍結で使えなかった。そこには、仰木峠まで5.6kmの標識があった。食事は王体杉としたので、少しドーナツを食べるIさんは甘いものは食べない。




意味は分からないが、居士林食堂と書かれた建物の前を通り、ゆるやかに登っていくとドライブウェイ下をくぐるトンネルであった。ところどころでドライブウェイと出合うがさほど車の量はなく気にならない。ほとんど人に出会わず、快適だ。ここには王体杉まで1.7kmとあった。再度青空も広がり心地よく歩くと、再度ドライブウェイと出会い、王体杉まで0.6kmの標識があつた。ほどなく、王体杉で、琵琶湖側、京都側も展望がいいのだが、比良の山々は雪となっているのかガスの中だ。


王体杉とは、回峰行者がここで止まって「天皇の安泰」を願ったことからの名だという。杉は植えたものか自然に生えたものかは分からない。誰もいない中、杉から落ちる雪に注意して場所を選ぶ。雪の中でもビールは美味い(今日は発泡酒ではない
(^o^)丿)。Iさんが持ってきたタラバガニの足の缶詰という肴も満足だ。さらにIさんがチキンラーメンと雑炊の素とかにのエキスとごはんとわかめを混ぜたチキンラーメンおじやなるものをこしらえ、一口薦められる。これがなかなかいけたから不思議だ。


休んでいると修行僧と思われる人が素手に花を持ち、長靴で急ぎ足で来た。どこに供えるのであろうか。そういえば道中地蔵も多かったが。ほどよい気分で横高山を目指すが、横川に続く東海自然歩道との分岐からは急登であること今日一番。あえぎながら登ると展望もない山頂だ(右上の写真)。積雪はかなりだ。再度下り、水井山への上りもなかなかだ。雪に埋もれていた三等三角点を掘り出し写真におさめる(右の写真)。


仰木峠の道すがらネットのあるところからは真っ白な皆子山や比良の山々が見渡せた。終始静かな山行に満足である。仰木峠では先行する重い荷物をかついだ若いカップルを見かける。京都一周トレイルの大原戸寺への分岐を分け、東海自然歩道の大原・野村別れ方面に下る。ほどなく小沢と出会う。結構道には倒木が多かった。ここまで山楽日誌のAさんの記録と近い時間だったので、野村別れ33分発に間に合わないかと急ぐ。田畑の中を下ると、ほどなく国道である。大原方面のバス停は眼前にあるが、京都方面が見当たらないので、コンビにで聞くと、下ってきて左折であった。



バスは発車した後で出町柳経由は30分もあったが、京都駅行きがほどなく来て、バスの中で思案して宝ヶ池で下車して叡山電鉄に乗るのがベストだろうと選択したが、正解で極めて乗り継ぎよく帰れた。京阪特急も空いていて、サザンも含めて、宴会をしながら帰路に着く。Iさんが同行してくださったおかげで充実したコースを楽しく歩け、いい締めくくりとなり、大満足であった。これで近百67座、関百70座となった。


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