先々週に続き、新潟までの大遠征である。今回は、鹿島を夕刻経ち、伊丹行きの最終便で尼崎の寮まで戻り、和歌山から 来て下さるI氏の車にピックアップしてもらうという強行軍である。
案の定、鹿島から羽田行きのチャーターバスは渋滞に巻き込まれ、冷や冷やしつつもぎりぎり間に合い、羽田発の飛行機は予想通り遅れた(この時間帯は、定刻通り離陸することはあるのか極めて疑問)ものの、伊丹からのつながりは思いのほかよく、17時に鹿島を経ったものの、21時45分に無事、寮に帰れた。
22時15分にピックアップ予定のために、急いで入浴し、準備を済ませたのが、15分ちょうどであった。しかし、携帯が鳴り、I氏はわざと遅れて出発してくれたため、30分遅れとなるとのことで、ようやく寮の食事にありつけた。

天気予報は、明日は悪いが、残り2日は曇り時々晴れ。果たしてどうなることかと思い、車を走らせる。再び多賀SAで二人は軽食をとる休憩をし、尼御前SAで給油後、先に進むと、何と親不知のICをわずか数百メートル過ぎた辺りで、トラックが居眠りで横転し、道を塞ぎ、計4台のトラックが巻き込まれる事故に遭遇する。
これで3時間通行止となり、この日の登山を諦めざるを得なくなったが、わずか、10台ほど前の出来事で、巻き込まれなかっただけ、ましだと思わざるを得ない。パトカーが女性や子供のためにトイレに連れて行く役目をされていたのが微笑ましかった。肝心の事故は、

トラックは、横転しタイヤもはずれ、無様な姿だが、運転手は奇跡的に傷一つ負っていない。しかし、後続の2台のトラックは止まれたものの、その後のトラックは、スピードと車間に問題があり、止まった2台のトラックに突っ込み、大怪我とのことだ。車間と居眠り運転には、くれぐれも用心する必要があること、居眠り運転の車に近づかないことを実感する。
これで山は諦めたので、名立谷浜SAで朝食をとり、小出ICで降り、10時には銀山平温泉に着いた。今日の宿泊は平ケ岳に通称皇太子ルートの中ノ岐林道ルートの楽ちんコースで登るため、民宿どまりだ(銀山平温泉の宿に泊まった者だけが宿の車で送迎してくれる。宿は送迎費込みで12000円で、送迎無が8500円だが、いわゆる白タクとなるので、あくまで込みの値段だけを告げるし、ネット等では明示さけていない)。この予約は、2ケ月前でも伝之助小屋、湖山
荘、奥只見山荘は満員。樹古里は翌日送りの確証をもらえず、5件目で要約取れた民宿「白光」である。これが大正解であった。
ここで大正解の理由を並べると、雨とのことで特別に12時半に立派なログハウス(ベットルームが2つ、トイレ・炊事施設あり)にチェックインさせてくれたこと、夕食がボリューム・味ともに満点だったこと(岩魚の塩焼き、まいたけと豆腐の鍋、あけびの皮の天ぷら、やまうど、サーモンのさしみ、鶏の手羽焼き、そば等々)、朝食弁当がI氏、
M氏ともに絶賛で過去最高との3人の評価。弁当は、梅干おにぎり大2個、味付けゆでたまご、塩鮭、きゅうりのつけもの、ソーセージと、書けば何と言うこともないが、登山者が食べやすい塩味の利き具合と、一つ一つアルミにつつんではしを使わなくてもいい点等工夫が絶妙である。何とおまけの飴も塩飴という気の使いようだ。また、運転手役のご主人の会話もよかった。
話は戻り、10時にやることもなく、チェックインが14時であることを知らされた我々は、民宿前のテーブルと椅子を借り、早宴会である。朝酒の何とおいしいことか。大発生しているカメムシの話で盛り上がりつつも、それでもやることもなく、雨足も強くなったので、飲んでいないM氏の運転で銀山平の探検と枝折峠のチェックに行く。枝折峠は20台ぐらい止まれ(新しい駐車場も出来つつあるが)、この日は天気予報の悪さからか空いていた。
銀山平はわずか5件の宿(少し手前に別に伝之助小屋)で、それぞれにログハウスを3軒ずつ所有している。5年ほど前に船着き場から引越したようですべて新しい。特に共用の「白銀の湯」は露天風呂もあり、宿泊者は無料の手形で入れる立派な施設だ。
我々は14時まで待ち、前夜泊の組が13時40分に戻ったのを迎え、温泉に行く。1時間近くゆっくり楽しみ、夕食の18時前まで昼寝する。立派なベットとふとんは天国である。
夕食に前述の通り、満足し、19時前には眠る。弁当は22時頃届けられた。朝は、4時にマイクロバスで出発である。田中真紀子によく似た女将さんは寝ているのかと思う本当に働き者だった。よく倒れないものだ。
運転手である「白光」のご主人の話を記すと、
・ 国道352号は故田中角栄氏のおかげでできたが、拡幅の陳情中に亡くなられたので今は維持工事しかなされていない
・ 雨池橋からの林道は伐採のため昭和46年に完成したが、雪崩 や大雨で修復が大変
・ 登山道は昭和52年(皇太子殿下の登山のはるか前)に完成し、 一般車も林道に乗り入れていた
・ 林道はほとんどがダートで、歩くと3時間、夏はマウンテンバイク の者も多い
・ 中ノ岐川は岩魚の名所で釣り客も多い
・ 銀山平温泉は4月20日から11月10日までの開業で後は雪にとざされる。林道も凍るので来週ぐらいまでだという。早 い年は10月下旬に七号目以降積雪し、木道も雪で埋まったとのこと
・ 7年前に木道でころんだ人が裁判し、村が120万円を払うことになり、その代わり林道のゲートを施錠し、一般車は入れ なくなり、 地権者の我々のみ 通れるようになり、このような商売ができるようになり、かえってよかったと悪びれずに言っていた。
以上のことは、事実だと思われ、一部のHPや雑誌のいわゆる皇太子ルート批判は当たっていないのではと感じずにはいられない。今回はこのルートの入山者が最も多く、マイクロバス4台と7人ぐらい乗れる車が2台でマックスと思われた。そうすると合計で80人ぐらいで、他の山に比べたら登山者は少なく、オーバーユースにならずに済んでいる。一般車が排除され、交通渋滞もなく(元々対向はできない細さ)よかったのではと思われた。
以上のことを簡潔にまとめると(Iさんの記録)「この皇太子ルート は元々彼らの保有山林から伐採材切り出用の私道林道で、昔は行き来自由に開放していたところ、上の木道で滑って怪我したおっさんが整備不良はけしからんと裁判に訴え、あろうことか賠償金120万円を払わされたので常時閉鎖状態にしたらしい。その後の登山ブームで短縮ルート利用希望者を有料サービスで送らせて貰い、民宿宿泊とセットで収入を得て生業として行けるのも、文句を言って、所有者以外には常時閉鎖ということにせざるを得ない原因をつくったおっさんの御蔭と今は感謝しているそうな。」
まだ、真っ暗な道にはきつねが飛び出てきて、運転手は2匹のこぎつねがいたが、最近は1匹になりどうなったのか心配していた。
たどりついた駐車場 にはトイレもある。きつね道の狭さと駐車場の狭さからはこれでよかったと思う。霧雨の中、ヘッドランプをつけ、I氏を先頭に出発する。数分で沢に出て、左岸を進み、しばらく進むと渡渉地点であった。
この渡渉地点は大雨だと渡れないとエリアマップや宿からくれた地図にもあったが、全く問題ない水量の上、木橋もかかっていた。宿の女将は、籠ででも渡すから雨でも大丈夫と笑っていた。
ここからは、結構急登だが、手を使うほどではない。ぶなの巨木もある自然林の道だが、結構段差も大きく、滑りやすく予想していたよりはるかに険しかったが、危険な箇所は最近崩れたと思われる箇所が一箇所だけであった。ただ「皇太子ルート」という言葉のイメージで連想してはいけない。そういえば、今月号の「岳人」に皇太子が寄稿されていたが、あらためて山歴を見ても彼は立派な岳人である。
途中、滑ってころんで傘を壊してしまう。最近の傘は軽いが、弱く、これまで無事下山したことはない。途中くろべの大木(左の写真)があった。I氏はどんどん進み、M氏とのんびり登ったので苦にはならなかった。
登山道の上部は紅葉が盛りで美しい。傾斜が緩むとようやく森林限界で、すぐに木道となった。わずか10mほどでたまご石分岐となる。
ガスでたまご石は見えないが、I氏の突き刺したストックをもつてきてほしいとの声が聞こえた。
わずか200mの木道で、たまご石だ。たまご石の向こうに微かに池塘郡が見える。晴れていれば、最高の写真スポットだが。
ここで、I氏の提案通り、宿の朝食の味付けゆでたまごを食べる。I氏は、宿ですべて食べてしまっているので、M氏が半分おすそわけしてご満悦であった。
元の分岐に戻り、木道を歩く。草から低木帯となり、はいまつ等の緑と紅葉のコントラストが絶妙で庭園のようだ。しばらくして再び草地帯となり、下ると、鷹ガ巣への分岐で右に進むと水場とある。
ここで地図を見て姫池・池の岳経由で周回した方がよかったが、あまり頭に入っていなかったので、水場方向に直進する。この辺りのコバイケイソウも一面咲いたようだ。本当に今年は当たり年だったようだ。
水場前はテント2張りのスペースがあり、テントを張るためかデッキの上に手ごろな石が多数あった。少し下り、小沢を渡り、木の整備された階段もある山道となる。紅葉が一際美しい。
姫池からの道に合流後、再び木道となり、しばらくで 右に数メートルで二等三角点の山頂となった。
帰路は一人で紅葉を写しながら下る。途中、ガスが切れ、会津駒ケ岳と教えてくれ た山は 実は荒沢岳であった(左上のシルエットの山)。その左手にわずかの間見えたのは越後駒ケ岳だったようだ。紅葉と滝の美しさに見とれ荒沢岳と思って撮った山は、剱ガ倉岳であった(右上の2枚の紅葉の山)。それもすぐにガスの中に隠れた。
沢で(左上の写真)パンツ一つになり、どろどろになった靴やレインウエア、ズボン、靴下まで洗う。水はきれいだが、冷たい。駐車場に戻ると伝之助小屋はじめ白光 奥只見山荘等4台のマイクロバスと2台の送迎車が止まり、運転手はきのこ取りの後、談笑していた(右の写真)。
12時30分の待ち合わせ時間に一組の夫婦が遅れ、運転手は頭を抱えていたが、30分遅れで出発できた。ただ、ぎりぎりに着いた9人の団体によると、我々が下山した後、わずかの間だけ、ガスが切れ、姫池から平ガ岳山頂が見えたことを聞き、地団太を踏む。
ここからは、Iさんの記録が出色なので、引用させていただく。
バスが民宿に戻ると外でお茶の接待あり。汚い靴、汚い服装でログハウスに入らせないために外での茶接待だと、Mさんが喝破。深読みのMさん面目躍如。@300円の入浴券(宿泊者以外は650円が配られ風呂(白銀の湯:右の写真)に入って 明日の入浴予定の大湯温泉をチェック後、本日の幕営地へ向かう。何故入浴券を代金引き換えでなく、下山後配布としているのか?集金は先、事情が出来て入浴せずに帰路につく者が出たら@300円の利益になるという計算では!深読みのMさん、如何?
幕営地は前回味をしめたシルバーライン入り口の駐車場みみずく広場(右下の写真)。買出しに小出IC近辺まで戻ると何とセブンイレブンとAコープが道路を挟んで対面している。ここを見つけたTさんは得意満面。缶ビールも安いAコープで醤油を購入、シングルバーナー炉端焼きの味付けに使うのだ。セブンイレブンには間もなく賞味期限たっぷりの弁当類が届くとの情報をTさんが聞き出してきたので一寸待とうとした時、やってきたのが配送車。

早速交渉上手なTさんは「先ずオニギリ、弁当から荷降ろしてくれ」と要請。大阪弁和歌山弁混じりの要請におののいたか、「然るべく」と店側のねえちゃん。言った限りは買わねばならぬとI君もツナ巻5個入りを購入。
夕食は、厚揚げ、油揚げ、平てん、ごぼてん、しいたけ、めざし、高級ソーセージ、枝豆で酒を飲み、パックごはんを食したら、テント設営が目立たな丁度加減の夕闇が迫り、皆で設営して眠りに。暑がりのI君は前回に続いてテラノ車中ビバーク。星が明日の好天を約束してる。ぐっすり。19時前に就寝
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