雲山峰・懺法ケ嶽・大福山・俎石山

 


データ】     

2010年3月19日(金)晴れ 歩行時間6時間24分
7:57西ノ庄駅 8:12着 21発和歌山市駅 8:28着 37発和歌山駅 8:46紀伊駅着

8:50スタート <15分> 9:05紀ノ川SA下 <25分> 9:33〜45休憩 <32分> 10:17落合方面分岐 <5分> 10:22六十谷分岐 <14分> 10:36六角堂 <3分> 10:39〜59青少年の森 <3分> 11:02井関峠分岐 <3分> 11:06鳥取池分岐 <10分> 11:16〜19雲山峰山頂 <17分> 11:36〜19青少年の森 <11分> 11:30道合流 <23分> 11:53井関峠あずまや <56分> 12:49バベ尾分岐 <17分> 13:06懺法ケ嶽東峰 <10分> 13:16懺法ケ嶽西峰 <18分> 13:34大福山 <13分> 13:47〜14:04俎石山・北展望台 <13分>14:17〜39大福山 <10分> 14:49淡輪分岐 <10分> 14:59奥辺峠(札立山分岐) <5分> 15:04有巧中道分岐 <5分> 15:09八王子跡 <5分> 15:14林道 <17分> 15:31小祠 <38分> 16:09六十谷駅 

メンバー
    Mさん 
   


土曜日出勤が続いていたので、代休をもらい、久しぶりにMさんに会いたくなり、お誘いすると、OKであった。天候も素晴らしく絶好のハイキング日和となった。場所は、久しぶりに紀泉高原をできるだけ長い距離を歩くことにした。

南海加太線とJR線2本の乗継からは、山中渓駅は普通しか止まらないので、和歌山駅での待ち時間が長すぎるので。Mさんのアドバイスで、快速の止まる紀伊駅から歩くことにした。

西ノ庄駅から1時間かからずに紀伊駅に下り立つ。Mさんとは約一年ぶりの再会だ。昭文社のエリアマップでは、紀伊中学の東側を通るルートになっているが、地元のMさんの案内で、西側の道を歩いた。

途中、椿や南向きで暖かいからか、早くも開花したソメイヨシノを楽しむ。足元ではつくしも出ていた。つくしを見るのは何年ぶりであろうか?阪和道の下をくぐると、紀泉高原登山口の立派な表示のある取り付きに着いた。自動車2台が止まっていた後ろに、廃棄ごみがあるのはいただけない。これでも最近、整理されたのことだ。














少しぬかるんだ竹林を進むと、携帯が鳴った。災害でなければいいがと心配したが、違ってほっとする。10分ほど急登を頑張るとゆるやかになった。紀泉高原は、自然林で標高の割には、紀泉アルプスと呼ばれるほどに展望も良く、いいルートだ。展望の良い箇所で休憩とする。

Mさんがこの一年の山の写真を持ってくれていた。絶好の天気の下、トムラウシからの大展望の写真は出色だった。これが昨年の大量遭難の翌日だったとは思えない。トムラウシの大量遭難の悲劇2回の翌日に、Mさんは二回とも遭遇したことになる。

Mさんは、90ページ以上に及ぶ遭難報告書を読んだそうで、参考になるからと薦められる。同じ山で十年も経たないうちに、二度もツアー登山の悲劇が起こるとは・・・

よもやま話をしながら、最高の天候の下、ぽくぽく歩くのは楽しい。紀泉高原のルートは林野庁が金をかけて、標識やらあずまやが真新しくなっていた。落合への分岐を過ぎ、2分で左の小道を分け、進む。この辺りは、四駆だと車も可能で、かんでんエンジニアリングの作業者が整備していた。六十谷分岐を過ぎ、一のぼりで、六角堂の新しいあずまやがあったが、景色の良い青少年の森まで登ることにする。

青少年の森もベンチが多数あり、今日は素晴らしい天気で大展望が広がる。一息入れてから、雲山峰をピストンする。初めて人に会う。紀泉高原は1999年から2000年に精力的にエリアマップの全コースを塗りつぶす目標をもって歩き回ったが、それ以来、ご無沙汰していたので、雲山峰も10年ぶりだ。山頂までも大した上りではない。















山頂標識もよくなっていた。青少年の森に戻り、昼食とした。Mさんからミニカップ麺やMさん手製のおにぎりをいただく。年金生活者だから、できる限り節約して、どこにでも歩いていくと笑う。そして日頃は節約しつつも北海道や全国に登山のために長期間車で出かけるのだ。私も20年後もMさんのように健康でいられたらと思う。

山仲間のIさんに電話してみる。製鉄所が見渡せるので、Iさんが「手を振っているの、分かるか?」と笑う。心地よい風にリフレッシュする。遠い見知らぬ山もいいが、身近なこのコースも癒される。















井関峠までは、急な道とゆるやかな道が二本あり、今日は、ゆるやかな方を選ぶ。やまつづじも咲き、和歌山でビシャコと呼ぶヒサカキ、ウバメガシなど紀州らしい木が多い自然林は気持ちがいい。

井関峠もあずまやや標識が整備されていた(上の写真)。ここから、大福山への途中、バベ尾366mと書かれた案内があったので、寄り道してみる。ピークから先も道が続いていることを確認し、戻る。

さらに懺法ケ嶽東峰(せんぽうがだけ)の真新しい標識があったので、巻き道は使わず、進む。ここは以前は、籤法ヶ岳と表示されていた。資料によると、「紀伊国名所図会」には「籤法ヶ嶽(せんぽふがだけ)」とあるが、用字が間違っていて、「日本山嶽志」や「紀伊続風土記」にあるように「懺法ヶ嶽」が正しい。「懺法(せんぼう・せんぽう)」とは、「諸経に基づく過罪を懺悔する行儀や、その儀式法則」のことである。懺悔する法であるから、「籤(くじ)」では、「懺悔(ざんげ)」にはならない。新ハイキング関西、57号の記事を参照のこと。2万5千分の1地形図「淡輪」2006年更新版(2007年2月1日発行)で、ようやく「懴法(せんぽう)ヶ嶽」と訂正された。<「懴」と「嶽」が選択されている。>

東峰からは関空方面の展望が素晴らしく、次の西峰からは和歌山方面の展望がよく、古文書の解説版もあった。鉄塔を過ぎ、わずかで大福山であった。ここはNさんという方の寄進で近年、祠からベンチまで整備されている。

俎石山までは近かった記憶があるので往復することにしたが、片道13分かかった。この間のやせ尾根も何とか持ちこたえていたのが不思議だった。ほとんどアップダウンもなく雑木林の道だ。俎石山は一等三角点だが、三角点の石の端が欠けているのが痛々しい。
















200m先に北展望台があると書いていたので、行ってみると、関空方面の大展望で、なかなかの場所である。

大福山で、Mさんからコーヒーと紀ノ川SAの名物のパンをいただく。今日は、年金生活の方にずいぶんご馳走になってしまった(^^ゞ いかにも和歌山らしいサングラスのおっさんが楽しそうに話す。お金のかからない健康づくりということで自宅から歩いているそうだ。Mさんが当社の社員OBかもしれないという言葉に私もそうではないかと思ってしまう。当社は、にぎやかなおっさんの多い会社か(^^ゞ

大福山の直下の展望台や札立山の分岐の奥辺峠も整備されていた。八王子跡の道を選び、下り下りると、林道にも以前よりは手書きだが、明確な標識があった。この先、50mほどのところにも、急登だが、取り付きがあるとのことだ。




















小祠までも記憶していたより遠く、満開の山桜等愛でながら、六十谷駅に向かう。途中、二箇所、尾根への取り付きがあり、Mさんに教えてもらう。昔はこのような取り付きもなかったが。六十谷駅では、和歌山行きの普通電車がちょうど入ってきた。車で和歌山に来ていた妻と和歌山市で食事して帰宅する。





今日は、Mさんと楽しく好天の中、歩けて大変楽しかった。今度は山中渓駅から岬公園まで歩き、今回のピークに札立山と泉南飯盛山までを加え、紀泉アルプスの大縦走を試みてみたいものだ(HPによると8時10分発15時30分着)。

三連休は、日曜日に妻と高取町の町家の雛めぐりを楽しんだ。平成19年からの町おこしとのことだが、風情があり、土佐街道沿いの旧家が連なる町と行事がマッチングしていた。特に火鉢におばあさんの人形があたっている家のすぐ近くで、実際におばあさんが火鉢にあたり、雛人形の話を観光客に楽しそうに話している家があり、思わず、ほくそえむと共に、町の何ともいえない温かさを感じ、気持ちがあたたかくなった。壷坂寺に参拝し、ぜんざいを食べて帰宅した。













 
 













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