万太郎山・谷川岳

 


データ】     

2011年7月23日(土)曇り 歩行時間7時間38分
5:23赤羽駅発 6:55高崎駅着 7:10高崎駅発 8:13水上駅着 8:24水上駅発 8:33土合駅着 
8:33スタート <20分> 9:00慰霊碑 <9分> 9:09ロープーウェイ 9:30ロープーウェイ乗車  9:42下車 <34分> 10:16〜22熊穴沢の頭の小屋 <38分> 11:00天狗の溜り場 <42分> 11:42〜54肩の小屋 <60分> 12:54オジカの沢の頭 <25分> 13:19小障子の頭 <11分> 13:30避難小屋 <27分> 13:57〜14:00大障子の頭 <47分>14:47〜54万太郎山山頂 <60分、1ピッチむ> 16:00高木帯に入る <60分> 7:00関越自動車道土樽P見える <25分> 17:25林道 

18:12土樽駅発 18:33水上駅着 18:37水上駅発 19:30高崎駅着 19:56高崎駅発 21:33赤羽駅着 22:47赤羽駅発 23:42行徳駅着

メンバー
    単独
   


折角、関東に来たのだからか、青春18切符の旅をしたいからか、はなはだ怪しいが、以前から気になっていた仙ノ倉岳や平標山を目指す計画を考えた。調べると、平標山登山口には、越後湯沢駅からバスが出ていて、30分強で行けるが、何しろ青春18切符の鈍行の旅なので、到着時刻はすこぶる遅く、日帰りは難しい。

そこで、土合から谷川岳ロープーウエーを使い、谷川岳経由で目指すことにした。前回谷川岳に登ったとき、仙ノ倉方面への笹原の美しい稜線が強烈に焼きついていたので、歩きたくなったのだ。理想は、越後湯沢駅最終につながる平標山登山口17時15分発のバスに間に合うことだ。

しかし、結果は、仙ノ倉岳どころか、万太郎山がせいぜい、それも土樽駅最終時刻着も危うかった。

計画時、よくよく調べると、土合着の始発には、西船橋からだと、つながるが、地下鉄東西線の行徳駅からだと駄目だ。徒歩だと5km以上で、折角入浴したのに汗をかきたくない、それではと終電で西船橋に行き、マクドナルドで3時間過ごすことを考えたところ、赤羽の弟が教室に泊まれと言ってくれるので、お世話になることにした。

いい年してとの行動だか、奥多摩駅での野宿やマックでより、はねかにいい。和歌山名産の荒川の桃を手土産にでかけた。桃の箱が煩わしいので、南北線の志茂駅で弟夫妻か車でピックアップしてくれ、コンビ二のファミリーマートに立ち寄ると、私の山のエネルギーとなる稲荷寿司がきていたので、買い求める。

弟夫妻は、経営する塾の教室に、マット、タオルケット、枕の三点セットを用意してくれていた。さらに、冷蔵庫も借りれた。消灯と同時に寝て、目覚ましで起きた。4時間ほど眠ることができた。西船橋より1時間も遅くてよい。

5時23分の赤羽発の高崎線に乗ると、すぐに眠ってしまった。高崎から水上行きも座れたが、もう眠くなくて、車窓の風景を楽しむ。水上から長岡行きの普通は、二両だけである。面白いのは、高崎線の途中から、ドアが手動となる点だ。それだけ、冬の寒さが厳しいということだ。

モグラトンネルで有名な土合駅は何度来ても強烈だ。駅舎からロープーウエーの乗り場までの道もほとんど記憶になかった。あるのは、遭難慰霊碑ぐらいだ。途中、雪崩防止のトンネルで、がさがさ音がするので何かと思ったら、猿で三匹もいた。
















ロープーウェーは阪急交通社の団体客でごった返していて、15分ほどロスした。満席のロープーウェーで天神平に着き、先を急ぐ。クガイソウが涼しげだったので写真に撮る。熊穴沢の頭の小屋までは、前回より5分ほどかかり、35分で着いた。

ここからは急登で、3箇所鎖場もあるが、上りはそれに頼るほどではない。それにしても暑さか前回より7歳年とったからか、辛い。他の人達も辛そうだ。家族連れの奥さんでギブアップしている人、辛くて泣く子供。さまざまである。若い学生の団体は軽やかに歩き追い越して行った。

クルマユリ等高山植物も楽しめた。一瞬、仙の倉方面のガスが切れシャッターチャンスとなったが、撮れなかった(右下の写真)。逆の方面はガスが切れ、笹原が美しい(左下の写真)。

















時間を考えると、トマの耳さえ、惜しまれ、肩の小屋で、女性に写真を撮ってもらい、平標山に向かう。ハクサンフウロ(久しぶりに見たが、ここのは花が大きかった)やニッコウキスゲが美しい。先行する二人は新潟の年輩者で、経験が長いという。

















ここからオジカの沢の頭までは、やせ尾根や気を使うことがあり、スピードが出ない。おまけに、写真まで撮るのでコースタイムがせいぜいとなった。

















オジカの沢の頭から先は、なだらかだが、UP、DOWNがあり、結構きつい。疲れも出て、ここでも時間短縮はできなかった。

ただ、左手の源頭部は、雪の多さを証明するように独特の景観で、標高は2000mに満たないのに、北アルプスの赤木沢を詰めた後のような景観だ(右上の写真)。

しかし、時間がないことを認識し、越後湯沢からの高崎までの新幹線利用等頭をよぎるが、疲れで、平標山登山口まで、最終バスの19時半までに着くのも難しいと判り、エスケープルートを地図を広げて思案する。

万太郎山から土樽駅までだと、何とか、最終の18時12分の上越線最終に間に合いそうだ。

大障子の頭の避難小屋で二人に話すと、それが懸命で、唯一出会った人も、逆に土樽から登ってきたという。

















しかし、万太郎山から土樽までは通る人も少なく、昭文社のエリアマップでは破線ではなく、実線なるものの、悪路のような気がしてならない。

大障子の頭までも遠く、また、万太郎山までも遠く感じられたが、万太郎山直前のニッコウキスゲの大群落には、歓声を上げそうになった。ガスが出て、幻想的な雰囲気の中、誰もいない冷気は、格別である。これだから、苦しくとも山がやめられないという心境だ。
















万太郎山山頂では、時間がなかったが、auの携帯がつながったので、もしものために、コース変更したことを、妻と弟夫妻にメールしておいた。

下りは予想通り急で、崩壊地や刈払いも不十分で、スピードなど出せるところではない。紫さんに教わった笹をたばねて持つテクニックでようやく、コースタイムを保てたという状態だ。




















特にガレて崩れたところの下りは難しく、また、しめって滑りやすく、しりもちも数回つく。単独で万一のことがあっては駄目と慎重になるので、非常に神経を使い、疲れる。ようやく危険地帯を抜け、高木帯に入ると、ブナが出迎えてくれた。途中、見事な巨木もあったが、写真を撮る時間がない。

関越道の土樽Pが見え、もうそろそろと思っても遠く、植林帯に入ってようやく先が見えてきた。沢への道を左に分け、右に下ると階段があり、舗装された林道に降り立った。残り時間は45分。コースタイムは1時間10分。走れば、大丈夫だが、ひざが笑い走れなかった。妻や弟夫妻に「また駅で野宿?」と笑いと心配をかけそうだ。(^^ゞ

万事休すかと思ったところ、遠くに四駆の車を見つけて、おーいと声を出し、手を振る。向こうは叱られていると思って身をひいたが、大声で違うと話し、数キロ先の駅まで送ってくれると頼むと快く引き受けてくれた。

岩魚つりの若い人で、川への下り方や駐車場位置を教えてあげて、ギブ&テイクとなった。その日も30センチの大物を釣り上げたそうだ。駅に着くと、一人の女性を含めて10人いた。皆、疲れた顔をしている。私も甘いコーラなどをかぶかぶ飲む。

駅はなかなかきれいで、ホームで、ひぐらしの鳴き声を聞きながら、列車を待つ。ほっとして、何とも言えない充実した時間が流れる。

上越線では、背の高い女性の車掌さんが印象に残る。土合からは山ボーイと山ガールと思われるカップルが余りに涼しげな顔をしているので、どこに行ったのか聞きたくなるが、無粋なので自重する。

赤羽直前に仕事の終わった弟夫妻から、夕食のお誘いを受け、赤羽で途中下車し、中華料理をごちそうになる。前日に引き続き、弟夫妻のおかげで何とか乗り切った思い出深い山行となった。

最後に苦労した「万太郎山」について
昭文社の山と高原地図(2004年版)谷川岳によると、万太郎山は、「谷川連峰の中ほどに独立峰的おもむきで聳える重厚な山で、新潟県側からは見事なピラミッド形で望まれる。谷川岳や平標山がロープーウエーや林道の開発で容易に登れるようになった中、この山に登るには、未だに骨の折れる長い登りが要求される。本当の山好きだけか頂上を目指す、玄人好みの山と言える」と紹介されている。

  HOMEへ