メキシコ

 


データ】     

2017年11月15日〜20日

        


11月中旬にメキシコに出張した。業務とは関係のない部分を記しておきたい。

行きは成田→ヒューストン→レオン、帰りは夜間移動禁止のため、レオン→ロスアンゼルス→羽田で、エアラインはANAとUA。

成田へは京成上野駅から、スカイライナーで。快適で早く、ゆったり座れる分、羽田空港より便利かもしれない。もちろん、羽田までタクシーなら楽勝だが。
シートは綺麗だ。車窓をぼんやり、ながめていると、成田に近づくにつれて、霧が濃い。
ANAは、終点の成田空港駅だ。

ANAカウンター、出国手続きもスムーズで、30分もかからずに、ラウンジに入れた。
朝食を食べていなかったので、評判の麺類(きつねとかき揚げ蕎麦、岩手の日本酒南部美人を少々)を食べる。さらにサンドイッチ、サラダ、から揚げ、ポテトを胃が小さくなっているので、どれもほんの少々食べて、カフェラテで仕上げる。(^^)v

メキシコのレオンまでは、JALはダラス経由、ANAは、ヒューストン、ロス。メキシコシティ経由の3路線ある。

治安悪化で夜間の移動は不適とされたので、行きはヒューストン、帰りはロス経由となった。
レオンまでは、ユナイテッドだ。
ANAの機材は、777−300ER。12Kで窓側だったが、飛行路をCAに確認すると、太平洋上を飛ぶとのことでがっくりだ。マッキンレー(デナリ)は今回も見れない。アラスカの大地を見ることは大変な楽しみだが、残念だ。CAは中国人で、日本語は完全ではないので、少し気を使った。10分遅れて11時20分に離陸した。

機内では、「君の膵臓が食べたい」を先ず観た。主演の浜辺美波が素晴らしく、原作を読んでいたが、気持ちよく見れた。「一リットルの涙」出演後の沢尻エリカにならないことを願う。
印象に残ったセリフは「生きることを愛し、人を愛し・・・・・。生きるとは誰かと心を通わせること」
もう一本は「関ヶ原」。まずまずだった。
後良かったのは全日空寄席の「桂吉朝 七段目」を聴けたこと。早逝の天才の噺はさすがだった。

睡眠時間は薬を飲んでも2時間しか眠れなかった。フルフラットシートというのに。
離陸後の食事は和食としたが、味は良いが、JALのお弁当型の方が酒とは相性が良い。
着陸2時間前の朝食の和食は良かった。

ヒューストンの入国は自動が上手くいったが、同行の二人は自動は駄目だった。
レオン行きのターミナルが変更となり モノレールに2回乗ったが、十分な時間があり、UAのラウンジで一息入れた。
レオン行きはEMBRAER175で70席ほど。ビジネスクラスは、1+2席だ。機内からの景色は独特で、海岸景色や乾いた大地は魅せられた。





























































CAに食事を断り、フルーツだけというと、たっぷりくれた。
ヒューストンは定刻に飛び立ち、30分以上早く、レオンに着いた。
レオンのBJX空港は、国際空港とは言え、日本の地方空港より小規模でタラップで降りた。

入国審査で、ホテル名の記入忘れで再審査。LAPTOPをBAGと勘違いし手荷物検査されるなど時間がかかってしまった。
真っ青な空に日差しは強いが、乾季だからか湿度の低さがわかる。

ホテルは、マリオット系列の「Courtyard by Marriott Leon at The Poliforum」。101だが、実際は3階以上の高さだ。
日本に日曜の朝着くか月曜の朝着くかで、10万円も違うので、月曜日の朝としたが。現地の土曜日にバルーン大会があるとかで、金曜日の宿泊は1.5倍もした。
ホテルからの景色は、特に目を見張るものはなかったが、朝焼けは毎日綺麗だった。

ホテルでシャワーを浴びて一息した後、通訳の方と会う。
シャワーはバスタブがなく、ハンドシャワーでない点が困る。

今日は生活環境調査ということで、ナチュレ居住区、総合スーパー、病院、ゴルフ場及びジム、学校を見て回った。車の運転マナーは悪くないが、信号毎に物乞い、大道芸人、花売り娘、パン売りなどが寄ってくる。また、日本と同じような落書きがあちこちであった。

ナチュレ居住区は塀で四方を囲まれ、セキュリティは厳しい。二階建ての低層住宅は3LDK。
高層棟の方が家賃は高いという。ブーゲンビリアの大木か美しかった。

居住区のショップは、日本食材も売っていたが、カップめんやレトルトカレーは日本の3〜4倍だ。

総合スーパーは、米国風だ。東洋は閉店時刻が早くて、閉まっていた。
総合病院は、日本と違い、マンションの各室に先生がおり、開業医のデパートみたいな感じだった。

ゴルフ場は、コースの景観だけでなく、レストランもすばらしく、ジムやプール、テニスコートも充実していた。丘の上に広がる景観は特筆すべきだ。案内の女性が核施設を自慢し、景色の良さに写真を撮ったらどうかと勧めるのも分かる。

















居住住宅から歩いて行ける学校を門外から見る。英語とスペイン語の授業だという。社員のお子さんは、来年小学校。秋からなので、半年、幼稚園で語学を学び、入学することになる。

夕食は「EIKI=栄紀」という日本食店。
まぐろさしみ、てんぷら、春巻き、おにぎりを頼む。特にさしみとおにぎりが美味かった

二日間みっちり、監査、面接等を終え、航空運賃の大幅節約また、休日でもあり、帰国日を一日ずらすと、親しい社員が余暇に行ける地域を夕刻まで案内してくれた。目的地は世界遺産グアナファト。ホテルからわずか一時間ほどだ。

土曜日。6時起床に起床。6時50分にチェックアウトする。
JTBの紹介でアエロメヒコがPRに持ってきたガイドの写真でグアナファトの素晴らしさを知る。

グアナファトまでは一時間もかからなかった。途中のシラオの町は治安が良くないとのことだ。東に向かうので、朝日がまぶしい。

有料の料金を払うと高速バスターミナルもあるというグアナファトの入り口だ。
運転手が道を間違えたおかげで、坂の起伏により、トンネルともなる細い道を走れて、良かった。

対向もぎりぎりの急な坂道を上ると、目的の朝食のホテル。7時50分に着いた。 
カサコロラダという。歴史を感じさせるクラシカルなホテルで、何故か客は我々だけ。個室やバルコニーからの眺めは絶景という他ない。

カラフルな色彩の低層の住宅が並ぶ丘や教会の数々。そして今日は雲海までたなびく。凛とした空気。こんな気持ちの良い空気を感じたことは初めてだ。山での朝とは違う人の営みを感じるのに、澄んだ空気。そして教会の鐘が街中に響き渡る。「あー何という幸せか」






























丸テーブルに運ばれるトーストには地元のはちみつ。そして柔らかなオムレツ。
最高の朝食を堪能した後、ピピラ記念像のあるピピラの丘に向かう。ホテルより町に迫り、写真の通り、素晴らしい景色だが、人も多い。 






























少し下ると、写真の場所があり、モデルをまねる。かわいいケーブルカーの終着駅を見て
小道を下る。ファレス劇場や教会を見て、広場で小休止した後、グアナファト大学の階段を上る。 





























































その後、有名なセビリン焼きの店に行く。片言日本語を話すおばあちゃんのいる店だ。
もう一軒、正規店と思われる店は河本君が確認に行ってくれたが、改装中だった。
セルビン焼きのお店は、愛想よく、展示も良かったが、写真は駄目とか閉鎖的な雰囲気があった上に帰国後調べると、ロゴに「JAVIER」の入っていない偽物と思われるものも混じっているので、ネット情報をたどると、少し怪しい上に、工房に行くのが正解だと分かった。
工房に行くか正規店と思われる店だと、芸術的に細かい絵柄のものもあるようだ。それでも買ってきて良かったと思われるものだった。

セルビン焼きの店の前の銀行の前にはライフル銃を持った守衛が複数いた。
写真を撮らせてもらう。空港に送る車を待つ間に、要塞で今は州立博物館となっている「アロンディガ デ グラナディーダス」を目指す。

3歳の女の子がドレスを着て洗礼に行くというので、あまりのかわいさに写真を撮らせてもらう。 




















外国に行く度に市場に立ち寄ることが多い。イダルゴ市場も食用サボテンが売っていたりして興味深かった。 

13時に要塞前でピックアップしてもらい、昼食のレストラン「CAMINOS D VINOS」に向かう途中、有名な教会に立ち寄るが、結婚式の最中で入れなかった。

「CAMINOS D VINOS」は、銀で富をなした一族が建てたホテルにあるレストランで石造りの建屋に趣もあり、味も良かった。
特にアンティチョークの飲み物は不思議な触感だった。
























話題も通訳の方から、「メキシコ男性は産後5日の育児休暇をとる。理由は女性はすぐ退院するからとか。パーティーで雨が降らないように花火を上げる。とか」永年の居住ならではのもので興味深かった。

レストランまでの道や空港までの道は、まるで信州のビーナスラインのような高原をなだらかに走る道だが、舗装に石が混じるのが面白く、ガイドブックで見た写真の「銀の道」のように思えた。左手の丘に「キリスト王」の像がよく見えた。

昼食後、ホテルの庭を散歩する。坑道入口など鉱山跡にちなむものも多い。乾季の長い地域で高地なので、独特の樹木だ。銀で富を得て、今は周りをぶどう畑とし、ワイン栽培を手掛けている。

レストランを出てから約1時間かかり、新興工業団地を走りながら16時35分に空港に着いた。

小さい出発ロビーで待っていると、聞いていた通り、税関が来て、4つの質問があった。
その一つの「荷物を長く目から離していなかったか?」の問いへの答えがあいまいだったので、
英語と日本語併記の質問を持ってきてくれたので助かった。

飛行機はロス行きも同じEMBRAER175。ロスは遠いので大きい機材かと思ったが、小さかった。
到着ターミナルがUAのターミナルだとやっかいなのでCAに問うと、UAだが、バスでトムブラッドリーターミナルに送ってくれるという。

ロスに近づくと巨大都市の町の明かりに目を奪われる。40分早く着いたが、聞いていた通り、UAターミナルにはつながず、バスで 身障者の方が多く乗車に20分かかった。
ロスの入国審査は自動がOKでも再度、係官の面談があった。担当に確認すると写真も鮮明ではないのでということだった。
さらに荷物ピックアップと再度の預け、手荷物検査の大変な混雑は強烈で2時間もかかった。優先レーンを行くCAの比較で時間をつぶした。(^^)v

チョコレートの土産を買い、スターアライアンスラウンジでくつろぐ。日経新聞と古いスポーツ新聞もある。ANAは前便の出発遅れの影響で遅れるという。

スターウォーズデザインの777だった。 23時35分の搭乗予定が25分遅れて0分に、結局、0時5分発だったが離陸できたのは1時20分 到着は5時25分が40分と遅れはわずかで、6時11分の京急に乗れた。逆風の中、よく取り返せるものだ。

帰国後、時差のため睡眠が浅いのか数日、悪夢にうなされたが、やはり百聞は一見にしかず。現地の苦労と世界の広さを体感できた。またメキシコという国には、風土、国民性には親しみを感じた。特に滞在中、ずっとお世話になったドライバーは非常に好感が持てる方だった。


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