能勢妙見山 は関西百名山、但馬の妙見山は近畿百名山に選定されているが、どちらも行っていない。前から気になり、能勢の方を義務化するため、阪急の休日切符まで買っていたが、期限も今月末となったことから、出かける。本当は、HP山楽日誌のA氏に教えていただいた、青貝山から天台山・光明山を通り、妙見へと考えていたが、体調と所要から早く帰る必要があり、妙見山へのピストンとした。
電車の良い点は、本を読めること。今日は中坊公平氏の私の事件簿(集英社新書)を読んだ。氏が私とほぼ同じ45歳の際、森永ヒ素ミルク事件に取り組み、原稿を見ず一語も間違わず行ったという冒頭陳述を読み感銘を受ける。早起きの眠気も吹っ飛んだが、その分妙見口駅から眠かった。初めての能勢電鉄も川西能勢口からの乗り継ぎもスムーズだった。阪急と同じ小豆色をしていた記憶があったが、クリーム色に変わっていた。妙見口駅で降りた登山者は時間が早いためか私だけであった。左手に茶店の中を進むと小さい田は早水を張り田植えが終わっているところも多かった。蛙が鳴き、うぐいす の鳴き声も聞こえる。R477直前に左に山頂まで22町あることを示す石があった。R477の横断歩道を渡ると表示があり(左の写真)、最短の新道は左手に、稜線コースは直進するようになっていた。
左手の民家の脇を通り、道なりに少し進むと右手に分ける登山道がありしっかりした標識もあった。今日は朝バタバタして、携帯電話を忘れたり、靴をはく間もなくスニーカーで来た が、問題はない道だ。15分ほどで、南西方面の切開きがあり、ときわ台や光風台であろうか大きな宅地が見えた。自然林の中を気持ちよく歩いていると、先に太い紐のような。よく見ると蛇でまむしのようだ。石を投げても逃げない。勝負するしかなく、石の連続攻撃で撃破する(良い子は真似ないように(^_^;))。
数分で左手に切り開きがあり八町茶屋跡の標識があった。ここまでもちつつじの淡いピンクが美しかったが、ここからは上品な赤のさつきもたくさん咲いていた。背丈ほどの切り開きの笹を歩くと左に展望が開け、目指す妙見山の信徒会館(星霊というそうだが、このときはケーブルの駅か何かと思っていた)が見えた。引き続き快適な道をうぐいすの鳴き声を聞きながら歩く。ほどなく右が植林になり残念だなと思っていると、人の 声が聞こえ駐車場であった。大きな駐車場の南東端のごみ小屋の前に取り付きはあった。古い白色の妙見口へという案内はあるが、逆からくると見にくいかもしれない。
駐車場の清掃の人に奇抜な建物が信徒会館であることを教わりそれに向けて鳥居をくぐり進むと左手にケーブル駅と自然歩道でもあることを示す新道の表示、右手のトイレが新しくきれいだったので借りる。まむし退治で汚れた手も洗う。バスから降りた参拝客とともにコンクリートの参道を登ると、信徒会館であった。この建物は休憩所で前が展望所になっている。すばらしい展望のようだが今日は霞んでいる。直前に盛んに独り言を言いながら清掃するおばさんがいた。三角点は信徒会館の直前を右手に行くのだが、この時は表示を見落とした。山門をくぐり、鐘を鳴らす人を右手に本殿に向かう。山門に昨日の最高気温18度、最低2度と書いていた。本殿にお参りし、折角なので、南限とも言われるぶなの巨木を見に行くこととする。5分ほど 本滝寺の方に下ると、杉に混じってすばらしいぶなの巨木が新緑の葉を一杯につけていた。本当に立派なぶなだ。戻る途中に下ってきた人に三角点の位置を聞き、目指す。

四等三角点は、標識がやたら大きく、恥ずかしそうであった。持参のカマンベールチーズと発泡酒で乾杯。例によって稲荷と割子そばの少し早い昼食とする。いだいたパンフレットで日蓮宗関西隋一の霊場であることを知る。下山は新道コース。山楽日誌では、おもしろくない道だとの紹介だったが、期待していなかっただけに、シャガがたくさん咲き慰められた。左手に2つの廃屋を見て、5分ほどで沢となり、10時50分に小さな滝とお堂の前を通る。道はコンクリート補強されている箇所も多い。犬を連れた登山者も多かったが、特に黒川駅近くでは何百人もの大変な人がいたので、旗を見ると、西宮市教育委員会主催の西宮市民ファミリーハイキングとのことであった。徒歩の人とケーブルを使う人両方いるようだった帰りも連絡はまずまずで2時間半で自宅に着いた。
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