大天井岳・燕岳・北燕岳

 


データ】     

2012年7月28日(土) 〜30日(月)
2012年7月28日(土)

22:10行徳駅 23:10新宿駅 23:34ムーンライト信州入線 23:59新宿駅発(5分遅れ) 

2012年7月29日(日)晴れ時々曇り 歩行時間7時間16分

4:53穂高駅着 5:05穂高駅発 6:05中房温泉有明荘 
6:20有明荘発 <10分> 6:30登山口(標高1462m) <32分> 7:02〜06第一ベンチ(登山口1km、燕山荘4.5km) <22分> 7:28〜34第二ベンチ(標高1820m、登山口1.7km、燕山荘3.8km) <27分> 8:01〜07第三ベンチ(登山口2.7km、燕山荘2.8km) <29分> 8:36〜40富士見ベンチ(標高2200m) <23分> 9:03〜13合戦小屋 <15分>9:28三角点 <40分> 10:08〜20燕山荘 <20分> 10:50〜11:00燕岳 <10分> 11:15〜11:25北燕岳 <25分> 11:58〜12:10燕山荘 <33分> 12:53蛙岩 <30分> 13:23大下りの頭 <80分> 14:58〜15:08槍・常念分岐 <25分> 15:33大天荘 16:10〜30大天井岳往復 17:30夕食 18:30就寝

2012年7月30日(月)晴れ 歩行時間4時間36分

4:00起床 5:00朝食 5:35スタート <69分> 6:49大下りの頭下 <10分> 6:59〜7:07大下りの頭 <15分> 7:25蛙岩 <28分> 7:53〜8:08燕山荘 <29分> 8:37〜45合戦小屋 <15分> 9:00富士見ベンチ <15分> 9:15第三ベンチ <24分> 9:39第二ベンチ <18分> 9:57〜10:13第一ベンチ <38分> 10:35登山口 <15分>10:50有明荘

12:35有明荘前 13:35穂高駅 13:53穂高駅発 14:27松本駅 15:20松本駅発高速バス 19:37新宿駅西口 19:50都営新宿線 20:29行徳駅  

メンバー
    単独
   


夏にアルプスと考えていたものの、休みがとれず、また、夜行バス・列車もとれなかったので、一泊二日の山行しかない。そんな中、表銀座の途中でも歩きたいという気持ちになって、日本二百名山でもある「大天井岳」を思い立つ。北燕岳のコマクサの大群落も見たい。

梅雨明けを確認し、金曜日は、バスのさわやか信州号や夜行列車のムーンライト信州号は取れなかったものの、28日土曜日の夜のムーンライト信州の席を確保する。青春18切符は金券ショップで8/16までなら、残枚数をリーズナブルに買い取ってくれるシステムをがあることを知り利用する。帰りは、松本まで出て、東京行の高速バスがリーズナブルだ。

土曜日に昼寝をし、夜、隅田川の花火大会をテレビ東京で見ていると、行徳の寮でも花火の音が大きく聞こえるので、自転車を野鳥公園の方に走らせると、見事な花火が見え、浦安の花火大会であることを教えてもらう。

花火、青春18切符の旅とくるといかにも夏休みという感じだ。地下鉄東西線・銀座線・丸の内線と乗り継ぎ、新宿駅に着く。ムーンライト信州の客は、ほとんどが山姿だ。満席のアナウンスが流れる。

年輩の女性登山者二人と雑談する。松本で降り、上高地から奥穂を目指すそうだ。ムーンライト信州は、23時53分発だが、34分入線で有難い。特急車両で、6両編成中、2〜5号車の座席がいいというネット情報を信じて、5号車の通路側をとっていた。連絡の電車が遅れ、59分発となった。微妙な発車時刻は0時を過ぎると、青春18切符の客のクレームとなるだろうからであろうか。

このムーンライト信州は、最初の停車駅が立川なので、そこまでの乗車券が必要だ。発車してすぐに車掌が検札に来た。バスと違い、暗くならないので、アイマスクが役立った。数時間の睡眠後、松本駅のアナウンスで起きた。穂高駅を降りると、中房温泉行のバスが3台も止まっていた。フランス人まで乗っている盛況だ。「しゃくなげ荘」では、積み残しも出た。タクシー等で代替輸送してくれるのであろう。

有明荘で、6時から無料で荷物を預かってくれるので、途中下車し、預けて、登山口に向かう。登山口では、登山準備をしている人が大勢いた。登山口付近には無料駐車場が120台分あるとのことだが、もちろん満車だ。

















この燕岳の合戦尾根は、烏帽子岳のブナ立尾根、鹿島槍ヶ岳の赤岩尾根と並び、北アルプスの三大急登と言われているが、第一ベンチ、第二ベンチ、第三ベンチ、富士見ベンチ、合戦小屋とほどよい距離で休憩適地があるので、登り易い。

登山口の標高は、1462m、燕岳が2763mなので、1300mの標高差だ。第一ベンチまでは、九十九折で、シラカバ、コメツガ、ダケカンバと変わっていく。第一ベンチ辺りは、コメツガだ。台湾のパーティーを追い越す。第一ベンチには、水場がある。登山口から1q、燕山荘まで、4.5qの表示がある。

合戦小屋への荷揚げロープーウェーのケーブル下を通ると、すぐに第二ベンチだ。ここは、標高1820m。登山口から1.7q。第二ベンチからフラットな道を歩いた後、再び登りにかかり、その先では、左手に残雪の残る稜線が見えた。第三ベンチは登山口から2.7qだ。

それにしても、下山者が多い。そして、山ガールや若いカップルの多さに驚いた。聞くと、燕山荘は、昨日は、ふとんに2名以上だったとのこと。また、登る人で数珠つなぎとなり、時間がかかったそうだ。

富士見ベンチは、標高2200m。登山口から3.1q。そして待望の合戦小屋に着く。すいかは、地元波田産で、1/8の大玉が800円。おせいじなく美味かった。若いテント泊の二人に写真を撮ってもらう。すいか以外も、カレーうどん900円、かきあげうどん800円など美味しそうなメニューが並ぶ。

















ここから一のぼりで、森林限界を越え、三角点のある合戦の頭に出ると、大天井岳や燕山荘が見えた。鎖場で、バスで出会ったフランス人三人組に会う。ハクサンフウロやミヤマキンポウゲ咲くお花畑等を楽しみつつ、快調に登り、10時過ぎに燕山荘に着いた。休憩を入れても3時間半ほどで登ったことになる。

















槍ケ岳はガスの中だ。ここで荷物をデポし、水とカメラだけ持ち、北燕岳まで、往復する。燕岳までも結構こまくさが多かった。2000年のGW以来の燕岳だ。白砂青松、めがね岩など、花崗岩の奇岩が美しい。コマクサと槍など写真チャンスはたくさんあって、道草ばかりだ。槍も穂先も時々見えた。タカメツメグサの大株は見事だった。




































燕岳でまたフランス人に会い、彼らは表銀座を歩くことを知る。私はコマクサを求め、北燕岳を目指す。意外と向かう人は少なかったが、期待以上のコマクサの大群落に満足する。北燕岳の巻道もミヤマキンポウゲ等の大群落があった。北燕岳で出会った若い男性の相方女性が待っていた。



























































































































































燕山荘に戻ると、小学生の女の子二人を連れた家族が登ってきたので、写真を撮ってあげる。お父さんとお母さんは都会派に見えるのが意外感があったが、女の子二人は元気いっぱいだった。

時間も早いので、予定通り、大天荘を目指すことにし、少し歩いた岩陰で、持参の冷やし中華を食べる。裏銀座の稜線を見ながらは格別だ。精をつけたところで、先ずは蛙岩を目指す。何か飛び出して来たと思ったら雷鳥の子供で、すぐに親鳥も現れた。2000年のGWのときは、蛙岩で引き返した。






































蛙岩を左から巻き、気持ちの良いコマクサが続く稜線を歩く。槍が大きくなる。ラッキーなことに、大下りの頭手前で、生まれたての雷鳥の子4匹を連れた雷鳥親子に会う。逃げない。その前にも若鳥と親鳥に出会ったばかりだが、こんなにかわいいとは。ひよこに縞模様をつけた感じだ。











































































































































そして大展望の大下りの頭で写真を撮ってから、文字通り大下りし、左下の巻道に入る。この頃には、暑さと寝不足でばて気味で、熱中症にならないよう、水分補給を心がけた。


















嘉作新道を開拓した嘉作氏の記念レリーフや鎖場(わずか数メートル)を過ぎると、表銀座と常念を分ける分岐だ。ここでまたフランス人三人組と出会った。また、若いカップル、そして中高年三人組がいた。60過ぎと思われる方が荷物は二泊で6sにもならないと自慢していた。確かに軽さは大切だ。




















大天荘までの上りも30分はかからないと言われたので、岩場の道をゆっくり上ると、意外と早く登れた。テント場はいいので、10組ほど張っていた。大天荘も燕山荘グループが運営し、夕食も魚系(鯖の味噌煮)と肉系(ハンバーク)が選択できる。生ビールも売っていてキリン一番搾りが800円だ。

宿泊客は40人足らずで、ふとん一人一つで快適であった。上布団はブレスサーモの寝袋型になっていた。2000年の燕山荘が走りであったが。

















明日の朝は早くに発つつもりなので、天候はよくないが大天井岳を往復しておく。10分もかからない。ドコモが通じたので、妻に連絡しておいた。大天荘の裏には、残雪が大きく残っていた。

小屋のまわりの机・椅子では、にぎやかに関西女性グループが飲んでいた。テント場は学生グループ、親子連れ、カップルと多彩で、テントは、モンベルが多かったが、ツェルトもあったので、後学のために、よく見ておいた。

夕食は写真の通り、美味かった。生ビールも絶品で、満足した後は、鳴り響く雷の音を聞き(雨は降らなかった)、18時半に眠りについた。最初は数時間おきに起きたが、最後はぐっと寝て、4時までよく寝た。
















































































朝は好天で、穂高と槍は眼前に圧巻であった。北鎌尾根を登ってきた人の話を聞きながら、眼前の大展望に満足した。ご来光もまずまずであった。朝食も文句のつけようがなく、大満足で、5時半に出発する。



















































































































































































この日は、鹿島槍、剣、黒部五郎、笠ケ岳まで見える大展望に撮る被写体に事欠かないが、バッテリ切れとの戦いたったが、何とか大下りの頭や蛙岩でも好天と槍をバックに撮ってもらうことができた。燕山荘からも続々と歩いてくるが、皆、笑顔だ。


























































































































































































































































































やはりもう少し撮りたいというところで、万事休すとなった。
時間もたっぷりあるので、バッテリさえあれば、眼鏡岩と槍やコマクサと槍も再撮影するところであったが、仕方ない。燕山荘前で、目に焼き付け下山する。やはり夏山シーズンで表銀座縦走路も出会う人は多かったが、合戦尾根を登る人も多く、所々、渋滞となった。

第一ベンチの水場へ行くと湧き出す水は冷たく最高で、ウイスキーの水割りをつくり、楽しみ、再度、水汲みに下った。ここで出会った飛騨高山の中高年二人と、有明荘まで楽しく話しつつ歩く。今回は会心の登山だったが、燕山荘近くの白いコマクサ(3株あるそうだ)は見逃したようだ。

有明荘の風呂もカラン待ちが出るぐらいの人気だが、大きな露天風呂もあり、源泉かけ流しの最高の湯だった。穂高ビールと天ざるで仕上げ、バスを待つ。臨時バスは満席であったが、定時バスは、余裕があり、待ち場所で燕山荘の井村支配人と親しいHさんと親しくなり、松本までの電車内でも楽しい話となった。土曜日の燕山荘は過去最高の宿泊客で、800人を超え、Hさんは、布団部屋に泊まったとのことだ。

松本は、週末に懐かしい松本ぼんぼんがあるようで、提灯がたくさん吊られていた。帰りのバスも労山加盟の岳人あびこの長老の方と隣の席で経験豊富な山行を聞かせてくださり、渋滞で1時間遅れたが、退屈せずに着いた。

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