高妻山 |
【データ】
【メンバー】 |
若い二人は熟睡していたが、起きてもらい、予定通り出発する。民宿から登山口のキャンプ場までは車で10分もかからない。戸隠キャンプ場は、多数のテントと車で溢れ(横付けできるオートキャンプ方式)、関東に近い有名キャンプ場はすごいと思った。登山口の駐車場は、キャンプ場に入り、道成りの行き止まり直前を右折してさらに進んだ最奥に、50台ほど止めることができ、前日の雨飾山と違い、余裕でとめることができた。 準備している間に団体がバスで来たので、その前を歩くように、先行した。しばらく牧場内の舗装道路を歩いて行く。前方にはこれから登る五地蔵山(標高1,998m)が聳えていた。中央の一番低い部分が一不動避難小屋のある鞍部であると団体のガイドが説明していた。目指す高妻山は五地蔵山の背後にあるはずだが、ここからは見えない。 ![]() ![]() 朝の牧場は、乳牛がたくさんいて、道案内のように先行して歩くのがいるのもおもしろかった。登山者カウンターを過ぎ、小沢の渡渉は6回あった。雨でも渡れなくなることはないと思うが、どうであろうか? 滑滝(左下写真)は登山者が多く渋滞状態で、右手の鎖場の順番待ちだ。若い二人の登るのを撮ってから登る。鎖に頼るしかないが、困難なことはない。 ![]() ![]() 帯岩(右上写真)も大渋滞だ。最初数メートル縦に上がり、横ばいとなる。横ばいのところはバランスのいい人は、足元は足型のように岩が掘れているので、有名な縦型鎖を一切持たずに歩いている人もいた。私はバランスはよい方でないので慎重に鎖を持ち替え、進む。横ばいが終わり、最後に一上りするところに足がかりがなく、鎖頼りに脚力で登るところが少し苦労した。若い二人も帰路は新道で、ここを通らないことにほっとする。思っていたより、易しいが気を使うのは事実で、帰路は新道で通らないことにしているので、気は楽だ。難所を越え、私自身もこれで、「後は気合だぁ」という気持ちになる。 この後は、枯れ沢の中を黙々とのぼっていたので、氷清水にも気づかなかった。残念。笹の中の急登を上がると団体の休む一不動避難小屋だった。団体がちょうど出発したので、静かな環境で朝食とする。民宿の梅干入りおにぎりは、おかずは鮭だけ(昼用は、鯖)だが、おいしか ![]() ![]() ![]() ![]() 避難小屋の中はきれいだが、小屋の裏は、お花摘みの跡が散見された。一不動から高妻山山頂までは、各ピークに小さな祠が祀られていることになっていて、二釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵山、六弥勒、七観音、八薬師、九勢至、そして十阿弥陀。四普賢は台座だけであった。 小屋からは急登だが、樹間から北アルプスが見えたりして元気の素となった。一上りすると、東側の見晴らしが良い稜線歩きとなった。眼下には戸隠牧場の草地と後ろに飯綱山(1,917m)が見える。左手には黒姫山(標高2,053m)だ。見晴らしが良い分、下は崖となっているので、足を踏み外さないように気をつけて歩かねばならない。 何しろ、クレヨンしんちゃんの作者が転落死したばかりなので、気をつけようと声をかけあう。紅葉も目立ち、これから登る高妻山のピラミダルな姿に歓声を上げる。きつそうだが、登頂意欲がかきたてられた。若い二人は睡眠もとり、アンメルツ効果か足も快調のようだ。 頑張って登った五地蔵山(標高1,998m)には小広いスペースで小さな祠と標識があった(左下写真)。しかし周囲は草木に囲まれていて、展望はない。祠と標識の後ろのダケカンバとナナカマドの紅葉が美しい。先客が数人いて、小休止とする。 ![]() ![]() 実は少し先に火打山も見える展望のきく五地蔵山があって(右上写真)、ガイドブックは展望も良いと書いていたので、こちらが本当の山頂かもしれない。乗鞍岳や浅間山も見えた。 六弥勒を確認し、七観音からは下る。そしてUP・DOWNを2回ほどすると、八薬師で、途中、独特の急峻な戸隠山の奥に北アルプスの名山が屏風のように広がる大展望に感激する(左下の写真)。確かにUP・DOWNはきついが、覚悟していたので、それほど苦痛には感じなかった。 さらに進むと、ナナカマドとダケカンバの紅葉が美しい高妻山がどーんと聳える大展望の九勢至だった(下の4枚の写真)。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 期待以上に紅葉の進んでいることに感激し、写真を何枚も撮り、さらに今日もカステラで勢をつけ、急登に望む。ここからは案内通り、初めの頃は、妙高方面の展望もよかったが(左上の写真)、進めば進むほど急峻となり、手も使う必要のある個所もでてきて根性だけで進む。やはりここが一番疲れが出て、精神的にきつかった。山頂だと思ったところは、肩だった。ここで、先行していた二人と合流し一息入れた。 ![]() ![]() その先紅葉の道を進むと(左下写真)一のぼりで十阿弥陀で、黒い銅鏡が祀られている。このあたりは大きな岩だらけで、山頂までわずかの距離だが、慎重に進む。 山頂はたくさんの人なので、先ずは記念写真を撮る。北アルプスは、後立山連峰の後ろに控える槍ケ岳や剣岳もばっちり見えた。雨飾も今日はよく見えるが、こちらからは、あまりいい形ではない。 ![]() ![]() 我々は、岩だらけだが、北アルプスの見える側に陣取り、ビールで乾杯する。道のりは辛かったが、展望と紅葉に大満足し、至福のときを過ごす(左下写真は後立山連峰の奥に立山と剣岳、右下の写真は白馬三山から雪倉・朝日岳)。出発前、私だけ、気になっていた北へ延びる乙妻山(標高2,318m)への登山道を確認する。一度下るので、確かに 片道1時間かかるだろう。休んでいたご夫妻も、もう少しUP・DOWNがなければ、頑張るのだがとおっしゃる。深田久弥がチャレンジを断念したのもよく分かる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 帰路、空にはうろこ雲が出て、秋を感じる(上の写真2枚)。こういう風情が何とも堪らない。九勢至で再度、紅葉の高妻山を楽しむ。九勢至から高妻山方面のダケカンバの黄色とナナカマドの赤は見事だ。ずっと眺めていたい景色だ。七観音の涼しい風の吹く森林の木陰で休み、六弥勒の紅葉を楽しむ(右下の写真)。 ![]() ![]() 六弥勒の裏からの弥勒尾根新道(詳細地図)にはネットにあった新道の紹介案内はなく、赤テープのみであった。下りの最初の標高差200mは、ふわふわだが急で、手袋をし、笹を持ち下る必要があった。以降は、さほどでなく、左右切り立った個所(木があるので気づかない)などでつまづかないように気をつければ問題ない。新道はガイドブックにもないので、途中出会ったのは、二組だけであった。 ![]() ![]() 再度の急な下りが始まる前にダケカンバとぶなの大木が寄り添うようにあり、また、1450m付近の桧の大木が印象的だった。 この道は、途中、ごくわずかの登り返しがあるが、基本的に下り一辺倒だ。終わりに近いところで、三十名近い団体に会う。最後尾を歩かれていたのは、新道を開拓した方だと話していたとKM君から教えてもらう。 小沢に下り立ち、すぐ先は牧場であった。その作業道を右に取り、進むと、朝の道に合流する。 牧場には、家族連れのポニーへの餌やりなど微笑ましい光景があった。名物のソフトクリームを食べ、神告げ温泉へ向かう。子供忍者村への道と重なり、大渋滞で進まないので、昨夜泊まった民宿に駐車させていただく。 長野ICまでも抜け道を使っても時間がかかり、何故かわずかの上りだけなのに、塩尻の渋滞、土岐JCTからの30kmに及ぶ大渋滞に巻き込まれる。結果として、北陸道まわりが正解だったようだ。 ただ、運転手が三人いて、大いに助かったが、尼崎からの終電にも間に合いそうにないので、自宅まで送ってもらったのは申し訳なかった。 光岳と並んで、百名山の残りの山では、気の重かった高妻山だったが、若い二人のおかげで天候にも恵まれ、会心の登山となった。これで、93座、残りは7座(富士山、光岳、皇海山、武尊山、苗場山、巻機山、草津白根山)だ。 |